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東京地方裁判所 昭和49年(ワ)933号 判決

参加人

共栄火災海上保険相互会社

脱退原告

飯田弘

(昭和四九年(ワ)第九三三号事件原告・

昭和五〇年(ワ)第八六四五号事件被参加人)

被告

東洋ガラス株式会社

(昭和四九年(ワ)第九三三号事件被告・

昭和五〇年(ワ)第八六四五号事件被参加人)

主文

参加人の請求を棄却する。

参加人と被告との間に生じた訴訟費用は、参加人の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

参加人訴訟代理人は、「被告は、参加人に対し、金三五万円及びこれに対する昭和五〇年一月一二日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。参加人と被告との間に生じた訴訟費用は、被告の負担とする。」との判決並びに仮執行の宣言を求め、被告訴訟代理人は、主文同旨の判決を求めた。

なお、脱退原告は、参加人及び被告の承諾を得て、本訴訟より脱退した。

第二請求の原因等

参加人訴訟代理人は、本訴請求の原因等として、次のとおり述べた。

一  参加人は、昭和四四年三月二四日、脱退原告との間で、脱退原告の所有する普通乗用自動車(足立五す六四四七号。以下「飯田車」という。)につき、被保険者を脱退原告、保険期間を同日以降一年間、保険金額を金三〇〇万円とする自動車対人賠償責任保険契約(以下「本件保険契約」という。)を締結した。

二  本件保険契約の保険期間内である昭和四四年一〇月八日午後八時四〇分頃、飯田誠一は、飯田車を運転し、渋谷方面から赤坂見附方面に向け、時速約四〇キロメートルで中央寄り車線を直進し、東京都港区北青山二丁目一二番一六号先の丁字形交差点(以下「本件交差点」という。)に差し掛つた際、先行車両によりフロントガラスに泥水をはね掛けられ、一瞬、前方注視不能に陥つたため、折柄、被告従業員失島勲がその業務執行として運転中の被告の保有する普通乗用自動車(品川五ろ五八六九号。以下「被告車」という。)が赤坂見附方面から本件交差点に至り、千駄ケ谷方面に右折すべく、交差点中央より約七・二メートル飯田車側車線内にはみ出して停車していたところ、その発見が遅れ、視野回復直後直ちに急制動措置を採つたが間に合わず、飯田車右前部を被告車左前部に衝突させたため、飯田車に同乗中の小早川良子は、眼瞼・顔面皮膚外傷等の傷害を受け、同日から昭和四七年七月二七日にわたり入・通院を繰り返したが、前額部に六・五センチメートルの線状痕を残して症状が固定するに至つた。

三  小早川良子及びその実母小早川種子は、昭和四七年、脱退原告を被告とし、本件事故に基づく前記傷害の治療費、入院雑費、慰藉料等の損害賠償の支払を求める訴を東京地方裁判所に提起したが(東京地方裁判所昭和四七年(ワ)第七二五九号事件)、昭和四九年一二月一〇日、右小早川両名及び脱退原告間に、脱退原告は、小早川両名に対し、本件事故に基づく損害賠償として既払金のほか金七〇万円を支払う旨の訴訟上の和解が成立したので、参加人は、本件保険契約に基づき、昭和五〇年一月一一日、金七〇万円を小早川両名に支払つた。

四  脱退原告は、飯田車を保有し自己のため運行の用に供していた者として自動車損害賠償保障法(以下「自賠法」という。)第三条の規定に基づき、被告は、同じく、被告車を保有し自己のため運行の用に供していた者として自賠法第三条の規定に基づき、また、矢島勲には本件事故につき後記のとおりの過失があり、被告はその使用者として民法第七一五条第一項の規定に基づき、連帯して、本件事故により小早川両名が被つた損害を賠償すべき責任があるところ、本件事故は、飯田誠一の安全運転義務違反及び矢島勲の直進車進行妨害の過失の競合により惹起されたものであつて、両者の過失内容にかんがみれば、その過失割合は各五割とみるのが相当であるから脱退原告及び被告は、それぞれ小早川両名の被つた損害を五割ずつ負担すべきところ、参加人は、前記金七〇万円の保険金の支払により、商法第六六二条第一項の規定に基づき、脱退原告が被告に対し、被告の右負担割合に応じて取得した金三五万円の求償権を代位取得した。

五  よつて、参加人は、被告に対し、求償金として、金三五万円及び参加人の出捐の日の翌日である昭和五〇年一月一二日以降支払済みに至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

六  被告の主張に対する答弁

1  被告主張の和解契約(以下「本件和解契約」という。)が成立したことは認めるが、右和解契約は脱退原告及び被告に直接生じた損害のみに関するもので、本件事故により小早川良子らに生じた損害の負担関係についてまで及ぶものではない。

2  被告の免責の主張は、争う。

第三被告の答弁等

被告訴訟代理人は、請求の原因に対する答弁等として、次のとおり述べた。

一  請求の原因第一項の事実中、脱退原告が飯田車を所有している事実は認めるが、その余の事実は知らない。

二  同第二項の事実中、参加人主張の日時及び場所において、飯田誠一の運転する飯田車の右前部と、右折のため本件交差点中央付近で停車中の被告従業員矢島勲がその業務執行として運転中の被告の保有する被告車の左前部とが衝突し飯田車に同乗中の小早川良子が負傷したことは認めるが、飯田車が時速約四〇キロメートルで進行中、被告車を発見し急制動措置を採つたこと、及び被告車が本件交差点中央より約七・二メートル飯田車側車線内にはみ出して停車していたことは否認し、飯田車がその左側を先行する車両によりそのフロントガラスに泥水をはね掛けられ、一瞬前方注視不能となつたこと、及び小早川良子の傷害、治療経過後遺症内容は知らず、その余の事実は争う。

三  同第三項の事実中、小早川両名が原告となり、脱退原告を被告とし、本件事故に基づく損害賠償請求の訴を東京地方裁判所に提起し、昭和四九年一二月一〇日、右当事者間に脱退原告が小早川両名に対し既払分のほか金七〇万円の損害賠償金を支払う旨の和解が成立したことは認めるが、その余の事実は知らない。

四  同第四項の事実中、脱退原告が飯田車を、被告が被告車をそれぞれ保有し、自己のために運行の用に供していた者であることは認めるが、その余の事実は争う。

五  被告の主張

1  本件事故については、昭和四四年末頃、被告と脱退原告との間に、脱退原告が自己の側の一方的過失を認め、脱退原告は被告に対し、本件事故によつて被告車側の被つた全損害、すなわち被告車修理代、車両下取差金、矢島勲の休業補償、治療費全額、通院交通費及び慰藉料を支払うこと、並びに今後、双方それぞれ相手方に対し、本件事故に関し、何らの異議、要求をしない旨の本件和解契約が成立したが、本件和解契約には、脱退原告が本件事故に関し小早川良子及び小早川種子に損害賠償を負担したとするも、その求償権について異議、要求をしない旨の合意をも包含しているものというべきであるから、被告に、もはや脱退原告に対し求償債務を負うことはありえず、参加人が脱退原告の求償債権を取得することはありえない。

2  本件事故は、被告車が本件交差点の中央付近(現在、右折車のためのペイント標識のなされている付近)において数十秒間停車し、対向直進車の通過待ちをしていたところ、飯田車が渋谷方面から中央寄り車線を時速約六〇キロメートルで直進後、運転を誤り、被告車に衝突してきた一方的過失により惹起されたものであつて、矢島勲には何らの過失もなく、かつ、被告車には構造上の欠陥も機能の障害もなかつたから、被告は自賠法第三条ただし書の規定により、また、民法第七一五条第一項によるも、小早川両名の損害を賠償する責任がないものというべく、したがつて、脱退原告又は参加人が被告に対し求償権を取得することはありえない。

第四証拠関係〔略〕

理由

一  参加人主張の日時及び場所において、直進中の飯田誠一の運転する脱退原告所有の飯田車の右前部と、右折のため本件交差点中央付近で停車中の被告従業員矢島勲がその業務執行として運転中であつた被告保有の被告車の左前部が衝突し、飯田車に同乗中の小早川良子が負傷したこと、及び脱退原告が飯田車を、被告が被告車をそれぞれ運行の用に供していたことは当事者間に争いがなく、成立に争いのない甲第五号証の一ないし一二、第九号証の一三ないし二八、同号証の二九の一ないし九、同号証の一二六の二六及び二七、第一〇号証、第一一号証の一、原本の存在及び成立に争いのない丙第三、第四号証並びに弁論の全趣旨により成立を認める甲第九号証の一二六の二五によれば、小早川良子は、右衝突により、顔面、右前腕及び右手拇指挫滅創、頭部打撲症の傷害を受け、本件事故当日の昭和四四年一〇月八日より翌九日まで渋谷病院に、同日より同年一一月七日まで国立東京第二病院に入院し、その後も昭和四七年七月二七日に至るまで警察病院等に入・通院を繰り返し、治療を受けたが、この間遅くとも昭和四六年六月頃には、前額部に六・五センチメートルの線状痕を残して症状が固定したことが認められ、右認定を左右する証拠はない。

二  そこで、被告の和解契約に関する主張につき、以下審究する。

被告主張の頃、脱退原告及び被告間に、本件事故につき、被告主張の条項を内容とする本件和解契約が成立したことは当事者間に争いがなく、右争いのない事実及び前項認定の事実に、前掲丙第三、第四号証、成立に争いない甲第一号証の五及び九、第七、第八号証、乙第一号証、弁論の全趣旨により成立を認める甲第二号証の一ないし四並びに証人中溝一郎及び同飯田誠一の証言並びに弁論の全趣旨を総合すると、(一)昭和四四年一〇月一三日、脱退原告及び被告総務部庶務課長中溝一郎は、被告会社において、本件事故により被告及び矢島勲の被つた損害の負担につき和解交渉を行い、その際、中溝一郎は脱退原告に対し、今後発生の予想される被告車修理代、車両下取差金及び代車料並びに矢島勲の休業補償、治療費、通院交通費及び慰藉料の全額負担を要求したところ、脱退原告はこれを全面的に承諾し、更に、右損害額が具体的に判明した後の同年一一月一三日、再度被告会社において和解交渉を行い、中溝一郎が脱退原告に対し、本件事故につき被告及び矢島勲の被つた全損害の具体的損害額として、被告車修理代金三八万一、五二〇円及び被告車両下取差金金一一万円、矢島勲の休業補償金六万六、〇四二円、同人の通院交通費金四、四八〇円及び同人の慰藉料金一〇万円の負担並びに同人の治療費につきその全額を直接病院に支払う方法による負担を求めた(代車料については、被告が代車を使用しなかつたので除かれた。)際にも、脱退原告は、前回同様、全面的にこれを承服し、同月一七日、うち矢島勲関係分を弁済し、その約一週間後、脱退原告が被告方に持参した和解契約用紙に右両者及び矢島勲が立ち合い、被告社員が各当事者名を記名し、これを脱退原告、被告を代理した中溝一郎及び矢島勲がそれぞれ確認のうえ押印し、本件和解契約書(乙第一号証)が作成されたこと、(二)この間、脱退原告は、小早川良子の渋谷病院及び国立東京第二病院への入院等治療費、同女の入院雑費等の損害を負担し、なおもその症状に徴し(本件事故翌日には同女の傷害につき、前記認定の各傷害の診断のほか、若干の顔面醜形を残すものと思われる旨の診断がなされていた。)、将来相当多額の損害賠償債務を負担するであろうことを予想して苦慮し、右和解交渉中終始右小早川良子の傷害及び賠償債務の負担の予想に言及し、その窮状を訴えて、被告側の損害中、矢島勲関係分を除く残額の支払時期の猶予を求める等しており、かつ、本件事故態様を知悉していた(前掲、甲第一号証の五によれば、飯田誠一は、脱退原告の子で同居していたところ、同人は、事故当日、本件事故の態様につき供述していることが認められるのであるから、脱退原告は、右和解契約時までにおいて、本代事故の概略を知悉していたものと容易に推認することができる。)にかかわらず、右交渉の間、被告側(矢島勲)の過失については全く言及せず、また、小早川良子らに発生し、あるいは将来発生の予想される損害の負担を求めるような態度を示すようなことも全くなかつたこと、(三)脱退原告は、本件和解契約締結後、昭和四七年八月二五日、小早川良子及び種子が脱退原告を被告とし、本件事故に基づく損害賠償請求訴訟を提起した後本訴を提起するに至るまで、被告に対し、被告側にも過失ありとして、小早川良子らに生じた損害に関する出捐分につきその負担を求めたことはなかつたこと、以上の事実を認めることができ、右認定を左右するに足る証拠はない。

叙上認定の事実関係に徴すれば、本件和解契約時には、本件事故により、本件和解契約において明示的に言及されている被告及び矢島勲に生じた損害のみならず、小早川良子らも損害を被り、かつ、将来にわたり相当多額の損害の発生が予想されることが、本件和解契約の当事者である脱退原告及び被告には十分判明しており、両当事者は右事実を十分認識したうえで、本件和解契約を締結したものということができ、しかも脱退原告は本件事故の態様を知悉したうえで、被告との本件和解契約の交渉に応じたものというべく、本件和解契約は、本件事故が専ら脱退原告側の過失によつて発生したとの認識を暗黙の前提としてなされたものと認めるを相当とし、このことは、本件和解契約の明示的内容が脱退原告において、被告側に生じた全損害を賠償すべきものとしていることに照らしても明らかであり、一方、脱退原告の損害(前掲乙第一号証及び成立に争いのない甲第一号証の四によれば、飯田車は本件事故により右前部フエンダーが凹損し、約五万円相当の損害が生じたものと認められる。)については、本件和解契約書(前掲乙第一号証)中「今後本件に関しいかなる事情が起りましても、両者はそれぞれ相手方に対し、何等の異議、要求は勿論のこと訴訟等一切いたしません。」との文言によると、脱退原告の自己負担とする趣旨と解されるのみならず、小早川良子の受傷の結果生じた損害についても脱退原告が負担し、脱退原告が小早川良子らに右損害を賠償しても被告に求償しない旨を黙示的に約したものと解するのが相当である(証人矢島勲の証言中には、本件和解契約が小早川関係の損害を含まないかの趣旨の証言部分があるが、右は上叙の事実関係に照らせば、到底採用し難い。)。なお、前示本件和解契約書中の文書は、不動文字で印刷されたものであり、また、脱退原告が法律上の知識にやや欠けるところがあつたとしても、叙上認定の本件和解契約成立に至つた経緯に徴すれば、上記の点は前段認定を妨げるものというをえない。仮に、本件事故発生について矢島勲にも過失があり、被告も小早川良子の受傷の結果生じた損害につき負担すべき部分を有するとしても、本件和解契約書中の前示文言により、脱退原告は、小早川良子らに対する損害賠償により被告に対して取得しうべき求償権についても、これを放棄したものと解すべきであつて、結局、本件和解契約は、単に本件事故により被告及び矢島勲の被つた損害のみならず、小早川良子らに関する損害のてん補に伴う求償関係をも包含する趣旨のもとに締結されたものと認めるのが相当である。

三  ところで、参加人の本訴請求は、参加人が、昭和五〇年一月一一日、本件保険契約に基づき、小早川良子らに金七〇万円の本件事故による損害賠償金を弁済した結果取得したとする被告に対する求償債権金三五万円を訴求するものであることは、その主張自体に徴し明らかであるところ、前記説示のとおり、脱退原告は、昭和四四年一一月末頃、本件和解契約により、本件事故に関し被告に対し取得しうべき求償権を放棄したものであるから、参加人がこれを取得するいわれはなく、したがつて、参加人の本訴請求は、理由がないものといわざるをえない。

四  以上の次第であるから、参加人の本訴請求は、その余の点につき判断するまでもなく理由がないから、これを失当として棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条の規定を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 武居二郎 島内乗統 信濃孝一)

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